仏教と資本主義 (新潮新書)
宗教革命のカルバンの教義では「予定説」があり、「人間の救われるか否かは、あらかじめ神様に決められている。人間の意志や努力ではどうすることもできない(神様は全知全能であるため、天国に行く人間と地獄に行く人間を知っている)」とされているとの話は驚きました(p17)。
私は、プロテスタントというものは「一生懸命働けば天国にいける」との教義があると思い込んでいたからです。
まぁ、この教義も「職業労働によって自分が救われることに確信が持てる」という変形により、労働の意義を作っているようですから、私の推測も間違っているわけではありません。
著者は、日本仏教史上で最大の巨人を「行基」としています。
行基は、奈良東大寺の大仏建立に重要な働きをした僧です。
行基は、プロテスタンティズムと同じく「利他の菩薩行」が重要であるとし、働くことが天国でへの道であるという労働・職業観を創り出しているとのことです。
つまり、日本では、大仏が建立された八世紀の天平時代にウェーバーが言う「資本主義の精神」が存在していたとしています。
宗教革命のカルバンの教義では「予定説」があり、「人間の救われるか否かは、あらかじめ神様に決められている。人間の意志や努力ではどうすることもできない(神様は全知全能であるため、天国に行く人間と地獄に行く人間を知っている)」とされているとの話は驚きました(p17)。
私は、プロテスタントというものは「一生懸命働けば天国にいける」との教義があると思い込んでいたからです。
まぁ、この教義も「職業労働によって自分が救われることに確信が持てる」という変形により、労働の意義を作っているようですから、私の推測も間違っているわけではありません。
著者は、日本仏教史上で最大の巨人を「行基」としています。
行基は、奈良東大寺の大仏建立に重要な働きをした僧です。
行基は、プロテスタンティズムと同じく「利他の菩薩行」が重要であるとし、働くことが天国でへの道であるという労働・職業観を創り出しているとのことです。
つまり、日本では、大仏が建立された八世紀の天平時代にウェーバーが言う「資本主義の精神」が存在していたとしています。
私個人としては、17条憲法を作った聖徳太子の時代からすでに「資本主義の精神」があると思っております。これについては、近いうちに書きたいと思っております。