エンデの遺言―「根源からお金を問うこと」
エンデの遺言―「根源からお金を問うこと」
エンデの遺言―「根源からお金を問うこと」
日本放送出版協会 日本放送出版協会
¥ 1,575
地域通貨を知ろう (岩波ブックレット (No.576))
モモ (岩波少年文庫(127))
エンデと語る―作品・半生・世界観 (朝日選書)
マネーの正体―地域通貨は冒険する
ものがたりの余白―エンデが最後に話したこと
■お金についてそもそも考えさせられる 評価4 日付2008-05-27
食べ物や自動車をお金で買うことは出来る。でも、買った食べ物や自動車は、いずれ古びて使えなくなり、価値を失う。つまり、時間が立てばたつほど、価値は減っていく。
お金はその逆で、持っているとだんだん価値が上がってくる(金利)。
これって、ヘンじゃないか?
という非常にシンプルかつ真っ当な疑問点を掘り下げている本である。
会計学やファイナンスを学ぶと、お金が金利を生むことが当たり前のようになってしまうが、エンデのような子供の心をずっと持った人には、その不自然さがすぐに目につくのだろう。
この本を読むと様々な新しい考え方が学べるのはもちろんですが、そもそもそういったことを当たり前に感じていて不思議に思わなかった自分の心のガサガサさを感じ取れることこそ、この本の本当の価値なのかも知れません。
決して読みやすい本ではないのですが、これをきっかけに世の中で当たり前だと思っている仕組みも、子供の素直な目で見てみればそうではないことが沢山あるかも知れないと考えさせてくれるだけでも読む価値があると思います。
ねえパパ、お菓子はずっと持っていると減っちゃうのになんでお金は増えるの?
と3歳の娘に聞かれたら、私はきっと答えられないだろうと思いました。
■人間が捕われているもの 評価4 日付2008-03-01 「モモ」が「お金-経済システム」を「時間」という形に置き換えた物語でもあるとのこと、当時の書評などに出てくる理解は、どれも「現代社会の時間の持てない人間の存在、ストレス、あわただしさ」というような、エンデにとっても、外面的な賛辞、批評が目にされるばかりだったという。
そのなか、ある経済学者が深い理解をしている手紙を送ってきたことをエンデは率直に喜んでいる。
それは「根源からお金を問う、老化するお金--時間とともに価値が減る(お金だけが価値が減らないための弊害)--貨幣価値の問い直し-地域通貨というアイデア」などに繋がっていく。
読んでみれば古くからもあるアイデアであり、部分的に試みられたこともあり、またヨーロッパなどでは多く知られているというのもわかる。
今日、世界のいくつかの地域や、まったく同じではなくても、日本でも地域通貨という形はいくつかの地区で試みられているようだ。
それでちよっと話がずれるんですが、エンデの言葉の中につよく共感する箇所があったので紹介したい。
エンデが 「現代人は大人から子供まで--この本はなにをいいたいのかという質問--にとらわれてしまった」と嘆いているという話があります。
「陳腐な決まり文句や、簡単なメッセージに置き換えることが、一冊の本を理解することだとするのは時代の偏見であり、本を読むことは豊かな体験であって、作者と読者の個別的な関係を築いていく行為だ」と。
「数人の人が同じ本を読んでいるとき、読まれているのは、本当に同じ本でしょうか?」
「あなたが人生の岐路で悩んでいるとき、ちょうどぴったりの瞬間に、ちょうどぴったりの本を手にとり、ちょうどぴったりの箇所をあけ、ちょうどぴったりの答えを見つけるならば、あなたはそれを偶然だと思いますか?」
それは出逢う「映画」でも「音楽」でも置き換えることのできるものだと思った。
■「お金」の矛盾に対する鋭い指摘 評価5 日付2008-01-20 エンデの残した取材テープを元につくられた番組のスタップによって作られた本。 自明と思われていることを自明の事と
せずに真実と向き合おうとするエンデの真摯な姿勢、
「どう考えてもおかしいのは資本主義体制下の金融システムではないのでしょうか。人間が生きていくことのすべて、つまり
個人の価値観から世界像まで、経済活動と結びつかないものはありません。問題の根源はお金にあるのです。」
「利が利を生むことを持って至上とするマネー」現在の経済システムが抱える矛盾を明らかにしてくれる。
ちょうど資本主義が抱える矛盾が噴出しつつある現在、本書の意義が改めて見直されるときが着ている様に思います。
■マネーゲームに没頭する前に 評価5 日付2007-10-18成長を強制されることでしか成り立たなくなってしまった今の経済システムと、
そのシステムに搾取され、破壊される貴重な自然環境。
その2つが共存する糸口はないのかを探っています。
市場で無限に自己増殖してしまう数字。
そういったいわばヴァーチャルな貨幣を、リアルな貨幣と同じように扱うことが
どれくらい危険で、自然環境をボロボロにし、途上国をますます貧困に追いやり、
深刻な格差を招いているか。
昨今の日本でも、やれ株式投資だの、外貨運用だの、投資信託だ、不労所得だ、と過熱気味です。
本来の、本当の意味での投資は悪いとは思いませんが、
お金さえ稼げればいいという風潮が気になります。
企業は成長することを強制され、サラリーマンたちはそれを達成するためノルマに追われ、
身を削って働き、世間は大量生産・大量消費に踊らされ・・・
この狂気じみた社会はどこまで続くのでしょう。
みんな本当はもっと自然と調和した、豊かな社会を望んでいるのではないのでしょうか。
マネーゲームに没頭する前に、地球環境の危機が懸念される今
ぜひ手にとって見て欲しいと思います。
■実体のないものの恐ろしさ 評価5 日付2007-08-13一時、橘玲氏の本を皮切りに、株式投資の本を読み漁っていました。
平行してヨーロッパの歴史や現在の食品の安全性についての本などを乱読した結果、
妙な曲折を経て、全てのことがぴたっと頭の中で一致し、7年前に出されたこの本を
手にすることになりました。
早速、続編である「エンデの警鐘」も注文しました。
私が今住んでいるフランスでは、ユーロに移行した当時、お金と社会のあり方について
EU統合以上に巷でいろんな声がきかれました。
最初は消費社会が何故いけないのか?グローバリゼーションがどうしていけないのか?
能力主義で稼ぐだけ稼いで贅沢することを疑問視する人がどうしているのか?どうして
広告を批判するのか?興味もなければ理解もできませんでした。
今、世の中が凄い勢いで変わり、人々が気がつかないうちに街の古本屋やおいしいお惣菜
屋が国際フランチャイズ店にかわってしまいました。
そうなって、はじめて気がついたのですが、幸せというのは量ではなくて質なのだと。
こう何百年もかけて、あるカラクリに世界がはめ込まれてきたことが、この本からもわかり
ます。利子を産むお金というものが、こう限りなく増殖するとどうなるか・・・?
これは人類全体の癌のようなものなのだと思いました。
「もっと欲しい、もっと豊かに、もっと大きく、もっと発展・・、
人より得したい、人より金持ちになりたい・・・」これは人類の原罪です。
幸せが何かを勘違いしている、勘違いさせられた、いや無知というのは最大の罪なのですね。
ご存知の通り、イブはりんごを食べてしまったがために、楽園を追放されました。
「お金」と私達が考えているものが実は、このりんごにあたるものだったというのが
私のエンデの遺言についての理解です。
「モモ」をじっくりと読んでみようとおもいます。
意味のある読書となりました。
私のように、これまでこういうことに気がつかなかった人にも広くこの本がよまれるように、
新書かなにかで再版されればいいとも思いました。
ほかの方のレビューにもある通り、第三弾もお願いしたいです。
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